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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)903号 判決

控訴人 三好雅治

被控訴人 国 ほか一名

代理人 一志泰滋 安中種彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求める判決

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金一〇八〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(被控訴人国については昭和五一年七月六日、同滋賀県については同月四日)以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(四)  この判決は仮に執行することができる。

2  被控訴人ら

主文同旨。

二  当事者の主張

原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

三  証拠 <略>

理由

一  当裁判所も、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり訂正、付加するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二〇枚目表一一行目の後に次の説示を加える。

「仮に、控訴人主張のとおり、本件工事前の浸透面長が河床約二〇メートル分であり、改修後のそれが河床約二三メートル分であつたとしても、<証拠略>によれば、地下水の透水量は、浸透面長だけでなく、断面積、透水係数、動水勾配などの要素により変化するものであること(ダルシーの法則、すなわち浸透断面積A、長さlの砂層の両端に動水勾配を与えた際、砂層を定常的に通過する流量Qは、Q=K・A・h/lで与えられるとする公式。Kは透水係数、hは水頭差、h/lは動水勾配をいう)、しかるに、本件工事の前後に亘つて、本件堤防の浸透断面積、地下土砂の透水係数に左程変化のないことが明らかであつて、引用部分のとおり、本件工事により河床部の幅員が約一一メートルから約二三メートルに拡張されているところからすると、高水時の動水勾配は本件工事前よりも低下しているはずのものである。すなわち、<証拠略>によれば、株式会社応用地質調査事務所は、昭和五〇年一二月ごろ本件現場付近の地質調査をしたうえ、改修前後の河川の一定水流に対する水位、流速をマンニング公式に基づき計算したが、それによると、改修前における幅員約一一メートルの河床部に流れる河川の水位を一メートルとした場合に流量は一秒当り一三・九立方メートルとなり、この流量が改修後における幅員約二三メートルの河床部に流れるとすれば、その水位は〇・五五メートルとなることが認められ(証拠略)、このように、改修後の河川の水位は改修前よりも約半分に減少するため、前記水頭差がそれだけ低下し、これに加えて前記表法面にコンクリートブロツク積、根固めブロツクを施工したことにより浸透経路が長くなり、従つて、動水勾配が減少し、透水量も減少していくはずであつて、本件工事により浸透面長が延びたとしても、ただそれだけでは透水量が増加することにならないものといわなければならない。

更に、天井川堤防の漏水は、河床部だけから生ずるものでないことはいうまでもなく、<証拠略>によれば、同堤防の漏水には、堤体そのものからの漏水と、堤体基礎地盤からの漏水との二つがあること、右のうち、堤体そのものからの漏水については、本件工事前のように表法面にコンクリートブロツク積を施工していない堤防にあつては、表法面から浸透した河川水が堤体を通つて裏法尻附近より堤内地(民家側)に湧水するものであるが、本件工事により表法面にコンクリート積工が施工されたために表法面側の河川水が堤体に浸透することが遮断され、従つて堤体そのものからの漏水はほとんどないか、仮にあつたとしてもごく少量であることが認められ、本件工事と透水量の関係を考察するに当つては、右認定の事実も無視することができない。」

2  原判決二一枚目表九行目の「その植生部分」から同一一行目の「認められる。」までを次のとおり訂正する。

「その植生部分(草地部分というのが正しいが、以下原判決の用語に従い植生部分という)の植物根の回りにはシルト、細砂混じりの土があること、前記調査事務所が昭和五六年九月一日ころ本件現場付近の地質調査をしたとき、河川面における植生部分の右シルト等の厚さは約三〇センチメートルであり、その上流でいまだコンクリートブロツクが施工されておらず、表法面に上層部が存在する辺りの植生部分のシルト等の厚さは約五〇センチメートルであることが認められる。」

3  原判決二五枚目表一二行目と一三行目との間に次の説示を加える。

「観点を変えて、旧河床面の植生部分の草等を除去したことによる透水量の影響性について考察を加える。

引用部分認定の事実(原判決二一枚目表四行目冒頭から同一二行目の「認められる」まで。前記2の訂正部分も含む)のとおり、本件工事前における本件現場付近の草津川の状況が工事後十余年を経過した状況とほぼ同様であつたとした場合、旧堤防の高水敷には根に透水係数の低い土の固つている植生部分の草があり、本件工事により右植生部分の草を除去したわけであるが、このように草を除去しても、引用部分の認定事実から明らかなとおり、右高水敷及び表法面には地下の不透明層より優れたコンクリートブロツクを施工したのであるから、本件工事後、右部分から堤体への透過水が殆んどなく、この面では、本件工事により浸透水量がむしろ減少したことになるものといわなければならない。

次に、<証拠略>によれば、旧堤防の河床面には河床部(通常時の降雨で水が流れる部分)と、前記のとおり、厚さ約三〇センチメートルのシルト等がある植生部分とが存在したことが推認されるところ、右植生部分のシルト等透水係数の低い土の層の厚さは右のとおり約三〇センチメートルに過ぎないし、植生部分まで河川の水位が上つているときにはその水流によつてシルト等の一部が押し流されることが考えられるから、その土の層をもつて難透水層を形成しているものとは必ずしもいえない。

のみならず、<証拠略>を総合すれば、前記旧河床部の幅員は、昭和五六年九月一日当時の新河床部の幅員と同じであつたとすると約八メートルであつて、その底辺には透水係数の高い砂礫ないし礫混りの砂が分布していたこと、前記シルト部分を除く堤体及び堤体基礎地盤、河床の地下は標高マイナス一二メートル付近まで透水性の高い礫混じりの砂層であり、その下に厚さ約一メートルの不透水層(シルト層)があることがそれぞれ認められ、右認定事実を前提に旧河床面の透水量を考えた場合、旧河床面にあつた前記植生部分がたとえ難透水層を形成していたとしても、旧河床部に常時水が流れていた限り(水が流れていないときは、新河床部も同様に想定され、本件工事の前後に亘り河床面の透水量を比較できない)、その水は旧河床部の底辺から、前記透水性の高い地下層に浸透し、更に、それが堤内地に湧出するはずのものである。そして、その透水量は、植生部分まで水位が達していない状態のもとでは、本件工事後の新河床部(旧河床部より幅が広くなつた)からの透水量よりも多少少ないかも知れないが、植生部分の表面以上に水が流れ、その水位が高くなるほど、旧河床面の幅員は狭く、かつ水圧が高くなる関係上、新河床部からの透水量よりも多くなるものと考えられる。ちなみに、前記<証拠略>によれば、前記応用地質調査事務所が、昭和四八年一二月ころ本件現場付近の住民に対し、本件工事に関する聞込み調査をしたところ、漏水状況につき単刀直入に答えた七名中、四名は本件工事の前後を通じ同じであるとし、二名は悪くなつたとし、一名はよくなつたとそれぞれ回答していることが認められる。」

4  原判決二九枚目表一行目の冒頭から同六行目末尾までを次のとおり訂正する。

「仮に、昭和四三年暮ごろ以降の控訴人方における浸透水量の増加が本件工事により惹起されたとしても、本件河川管理に瑕疵がなかつたものというべきである。すなわち、

国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、それは当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものと解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷判決昭和四五年八月二〇日民集二四巻九号一二六八頁、同第三小法廷判決同五三年七月四日民集三二巻五号八〇九頁参照)。

これを本件についてみるに、<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  草津川のような天井川は、河床が堤内地より高いために、一度洪水となり堤防が決壊すると、河川の全流量が堤内地に流入し、一旦氾濫した河川水は通常の河川水のように、河水位の低下と共に元の流路に返るということはない。

(2)  引用部分で述べているとおり、本件工事は、滋賀県草津市大路井町から同市岡本町までの長さ約五キロメートルの区間について、昭和三四年から同四一年にかけて行われた草津川改修工事の一環であつて、右改修工事の目的は、洪水時における河川の氾濫による水害を防止するために、毎秒三三〇トンの計画高水流量の河積を確保し、それに伴ない堤防の補強を行なうことであつた。

(3)  他面、天井川は、前述のように、河床が堤内地よりも高くなつているし、また、河川の地層が透水性の高い土質により形成されているため、堤内地に常時漏水をもたらしているのが一般的な地質的現象である。そして、平時においては、天井川からの自然漏水は堤内地の地下水の涵養源となり、現に、本件現場付近の住民の一部は、草津川の浸透水を農業用灌漑用水、井戸水、工業用水、庭池水、生簀の水、防火用水として利用している。

(4)  本件現場付近における湧水は、草津川が渇水しても生じ、更に、上流からの伏流水や昭和三八年以降草津川流域におけるゴルフ場等開発の進展、雨量増加などによつても影響を受けているものである。

(5)  控訴人が草津川の浸透水により一部倒壊の被害を受けたという本件家屋は、大正五年以前に建てられた古い木造瓦葺平屋建家屋をその後一部増改築したものであり、控訴人(明治三九年三月二九日生)は同家屋に幼少のころから居住していた。

(6)  大津地方法務局草津出張所備付の旧土地台帳付属図面(公図)によれば、控訴人方居住地(登記簿上の表示草津市草津一丁目四五七番地及び四五八番地)の中間及び東側には水路が表示されており、かつて右公図のとおり、水路があつて、水が流れていたことが窺われるが、現存しない。また、控訴人は昭和三八年ごろ本件家屋内のそれまで使用していた井戸を壊した。

(7)  被控訴人滋賀県は、草津川の浸透水を排水するために昭和四七年ごろ本件家屋より約三五メートル東寄りに盲暗渠と称する設備を造つた。

控訴人が滋賀県知事に対し本件被害に関する請願書を提出したのは昭和四八年六月二七日であり、その時にはすでに本件家屋内への浸水は止んでいた。

以上の事実が認められ(これに反する証拠はない)、以上の各事実に、(イ) 本件工事において草津川の河床が約一一メートルから約二三メートルに拡張されているのは、本件工事の前(2)記載の目的を達成するための当然の工程であり、また、本件工事に際し旧河床面にあつた植生部分の草が除去されているのも、本件工事の右目的を達成するための、河床部拡張、前記コンクリートブロツク積、根固めブロツク工の施工上、あるいは堤体と基礎地盤との密着をはかる必要上当然の措置であると考えられること、(ロ) 控訴人において、管理者が本件工事をするに当り調査すべきであつたと主張する「みずみち」とは、透水層中透水性が強く、かつ細く連続している砂層をいうものであることはその主張自体から明らかであるところ、前(2)項記載のとおり、長さ約五キロメートルの区間にわたつて草津川改修工事を行う被控訴人らに対し、同水域一帯の地層にわたる右「みずみち」の調査を要求することは不可能を強いるものであること、(ハ) 右のように「みずみち」の存在は調査が不可能であるから、浸透水の湧出する箇所が何処にあるかは不明に帰し、そうである以上、仮に、控訴人主張のとおり、本件工事実施に当り浸透水対策として矢板工法、あるいはブランケツト工法を講ずべきものとすれば、右改修区間全体にわたつて右工法をとらざるを得ず、かくては、草津川の自然漏水を全く遮断する結果を招き、同河川付近の地下水の涵養源を喪失させるに至り、流域付近で、前(3)項記載のとおり、農業用水等浸透水利用者の利益をも侵害し、生活及び民間産業に及ぼす影響も大きいと考えられること、(ニ) 引用部分の認定事実(原判決二七枚裏八行目から同一二行目まで)のとおり、本件工事によつて改修された区間約五キロメートルの堤内地には多数の民家があるところ、改修工事によつて一般的に透水量が激増するものであれば、控訴人方以外にも透水量の激増によつて顕著な被害を受けたという事例があるはずであるが、そのような事例があつたことを窺わせる証拠がないこと、(ホ) 控訴人は、前(5)項記載のとおり、本件家屋に古くから居住し、草津川が天井川であつて、本件工事の前後を通じ常時自然漏水があり、この漏水によつて居住家屋に損傷があるかも知れないことを充分了知し得たのであり、このような場合家屋居住者として、その家屋の保全を計るため、自ら水路を設置したり(以前にも水路があつたと窺われることは前記のとおりである)宅地をかさ上げするなどの措置を講ずべく、このような措置を講じていたならば、本件被害を蒙るはずがなかつたのにかかわらず、控訴人は、本件被害の発生まで右の措置を講じなかつたことが弁論の全趣旨によつて明らかであるばかりではなく、前(6)項記載のとおり、本件家屋内の井戸を壊していることなどの事実を合せ考察すると、本件工事については不完全な点がなく、工事後の管理についても通常有すべき安全性を欠いておらず、従つて本件工事及び河川の管理につき、国家賠償法二条一項にいう瑕疵はなかつたというべきである。

更に、控訴人は、被控訴人らにおいて、本件工事後の浸透水について排水路を設置するなど保全措置を講ずべき義務があり、これを長く放置していた責任がある旨主張する。

なるほど、被控訴人滋賀県が前(7)項記載のとおり草津川の浸透水を排水するため昭和四七年ごろ本件家屋の近くに盲暗渠を設置し、それまでの間右のような設備をしなかつたことは弁論の全趣旨によつて明らかである。

しかし、およそ、河川管理のため河川あるいは堤内地等のどの地点にいかなる管理施設を設置すべきかは、河川管理者がその河川の特性、河川全流域の自然的・社会的条件、河川工事の経済性等あらゆる観点から総合的に判断して決めるべきことであり、天井川の河川改修工事後、堤内地への漏水量が増加したからといつて、直ちに河川管理者に右地点に排水路を設置すべき義務があるとはいえないのである。河川管理者にそのような義務があるというためには、右述のようなあらゆる観点から総合的に判断して、河川管理上その地点に河川管理施設を設置することが必要不可欠であり、これを放置することが河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして河川管理者の怠慢であることが明白であるといえるような特別の事情のあることを必要とするものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定事実から明らかなように、草津川のような天井川においては堤内地に常時漏水があるのは一般的な現象であり、他面、右漏水が堤内地の地下水の涵養源となり、家庭用水等の利用者もあることであるから、本件工事がなされたからといつて直ちに堤内地に排水路を設置すべき状況に置かれたとはいえず、また、浸透水の出所の箇所が何処にあるか調査が難かしく、かつ、その流路も年々の雨量、近辺地域開発の進展により変化するものであることはいと見易い道理であつて、堤内地の特定地域に排水路を設置しなければならないほど浸水量があると見極めるためには、相当年月の経過をみる必要があり、そのほか前(4)、(5)、(6)、(ニ)、(ホ)項各認定の事実関係のもとにおいては、被控訴人滋賀県が昭和四七年ごろなした前記盲暗渠の設置がその当時必要不可欠のものであつたとしても、それまでの間、必ずしもその必要性が明らかであつたと思われないし、また、右設置をしなかつたことが被控訴人らの明白な怠慢とする特別の事情に該当するものとは到底解されない。

なお、被控訴人滋賀県が昭和五一年一月ごろ控訴人方裏に排水路を設置したことは当事者間に争いがないが、<証拠略>によれば、右排水路は堤体が漏水のため崩壊しないよう裏法面堤脚部に設置したものであり、同被控訴人が昭和四七年設置した前記排水路とその趣旨を異にしていることが明らかである。よつて、控訴人の前記主張を採用しない。

以上の次第で、本件河川及び改修工事の管理等については瑕疵がなく、被控訴人らは控訴人に対し本件損害を賠償する義務がないものといわなければならない。」

二  そうすると、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 広岡保 井関正裕)

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